ちば菜の花会は千葉県全域の男女共同参画社会の実現を目指して、講演会・学習会、地域交流会、懇親会、会報発行などの活動を行っています。
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フォーラム2007報告その6 第2部 講演
いよいよフォーラム2007のハイライト、第2部の池田理代子さんの講演「チャレンジ! みんな違って みんな輝く」です。

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講演「チャレンジ! みんな違って みんな輝く」
講師:劇画家・声楽家 池田理代子さん


★ 女性と子どもの問題は
 男性たちは女・子どもという言葉をよくつかいます。愚妻はあっても愚夫はありません。柳沢大臣が「女は産む機械」といわれました。ポロっと出た言葉といわれますが、案外、その人自身の本音と理念をあらわしていると思います。
私は、女は子どもを産まないと一人前ではないという社会の中にあって、精神的にも、つらい、苦しい思いをしました。どうして女に生まれてきたのだろうかと存在理由をも考えてしまいました。子どもをほしくないという男性もいるわけですがそのような男性に対しは、世の中ではけしからんということは言いません。男性も足かせはありますが、女は社会に出る前段階での足かせが多いのではないでしょうか。未婚の母の背景に未婚の父、不倫の父が必ずやいますが、女性は未婚の母といわれ、女だけが責められました。未婚の母ということで、職を奪われた女性もありました。
少子化問題、実は子どもを産んでからが大変なのではないでしょうか。男性の育児参加はとても必要になっています。男女共同参画という言葉は何となく女性も男性と一緒に社会へ参画しようという響きがありますが、案外間違いでこれからの少子化問題を考えると男性も女性と一緒に参画しようという意味にとっていただいたらいいのではないでしょうか。

★女性が仕事を持つとき
フランス革命のとき、輝かしい人権宣言が採択されました。フランス革命200年前、あれだけの市民革命が達成されましたが、呼びかけられているのは男性のみでした。世界に先がけて2度もノーベル賞を受賞したキュリー夫人は、フランスのアカデミーには女性という理由で入れませんでした。第二次大戦後、今から50年~60年の前のことです。どうして、女が夢をもって、自分の仕事をもって生きたらいけないのでしょうか。
実は自分自身は大変人見知りで、できたら、家のなかにこもってできる仕事をしたいと思っていました。漫画家になり、これが生涯の仕事になるとは思いませんでした。当時の日記のなかでも、自分は、自分の意志で家をとびたしたのだから、誇り高く生きようと。でも、自分の人生、私だけの生き方をしたいなあと思いました。
そのころ、キャリア、人気とも同じくらいでも男性の原稿料は女性の倍以上でした。編集長にどうして女性は原稿料が男性の半分なんですかと質問したところ、それはそれはびっくりした顔で「だって女は男性に食わせてもらえるでしょう」という返事が返ってきました。家を建てるときも銀行のローンは断られました。理由は女であること、結婚してないこと、自由業であるということでした。家を建てたら建てたで、女の癖に、生意気だといわれました。平家物語で「平家にあらずんば人間にあらず」と嘯いた人もありましたが、「男であらずんば人間にあらず」という時代でもあったような気がします。
先輩の女性たちがどれほど苦労し、逆襲をうけてこられたかということを思いおこすと同時に、後につづく若い人たちには、ふつうに大学にいけ、お勤めにいけることを先輩たちの苦労があったからこそと思いおこしてほしいと思います。
ひとます、世の中にでると女はローンも組めない、家を建てると嫌がらせ、テレビをひねると女の社会進出は是か非かという時代でしたから。しかし、女性は家庭に入れといわれたのは長い人類の歴史のなかでは、ほんの20年から30年のことでもあります。
女性が専業主婦の座にいられることはある意味で豊かな社会でもあります。女性は、人手がたりなくなると働きましょうと、そして、不況になると家庭にはいりなさいと。戦争中は女性も工場動員をさせられ、戦後は家に入れといわれました。いつも女性は経済のなかのショックアブソーバー=つまり緩衝材としての役割を担わされ、パート、派遣などという働き方をさせられていますが、しかし、長い歴史のなかでは男性とともに働いてきたということがあまり認識されてないように思います。


★男女が対等な関係になるときは
全ての人に姓をつけ、夫婦が同姓になったのも実は明治時代以降のものです。江戸時代、室町時代においても夫婦別姓であり、財産も別でした。現在、ふつうと思わされていることは実は明治憲法以来のことであり、そういう意味でも歴史を学ぶということは大変大事なことだと思います。現在の価値観をつくり出されたのもそんな長い歴史ではないということでもあります。
男女が対等な時代は、ことさら男女共同参画とかという言葉を使わなくてもよい、全国の女性センター、男女共同参画センターや女性会館などがなくなる時ではないでしょうか。男の人も女の人もあたり前に社会に参画し、それぞれが個性を発揮し自分らしく生きてゆけるときこそ、人がそれぞれ輝いて生きてゆける時代になると思います。(文責:山田多恵子)
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